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2007年9月アーカイブ

時間について

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自ら事業を営んでいると、時間の大切さというのを痛感する。

驚くようなスピードでビジネスのルールが変化しているからだ。

「金で時間を買う」とよく言われるが、
まさにその通り。

例えば、移動するときに、電車やバスではなくタクシーを使う。
従業員を雇って、業務を手伝ってもらう。
システムに投資し、スピーディな顧客対応を可能にする。

すべて金で時間を買っている。


確かにその通りなのだが、
腑に落ちない。

なぜだろうか?

なぜなら、この言葉は、
ビジネスの世界でいかに生き残るか? いかに利益を上げるか?
という発想が根底にあるからだ。

このようなパラダイムのなかで生きていれば、

時間=金

という等式が導かれるのだ。


それが腑に落ちない。


でも「時間=金」でなければ、「時間=」何なのだ?


時間=生命(いのち)

である。


私の生命をいかに生きるか、いかに使うか?
という人としての根本的な問い、パラダイムに立ち帰ったとき、
時間とは生命そのものであることに気づく。

時間を無駄にするということは、
私の生命を無駄にすることと同じなのだ。

逆に、
時間を大切にするということは、
私の生命を大切にすることと同じなのだ。
そして、私をこの世に産み落としてくれた両親に対する感謝の気持ちの表れでもあるのだ。


それだけではない、私の生命は森羅万象と繋がっている。

私の時間を尊重するということは森羅万象を大切にするのと同義なのである。



断わっておくけれど、
遊ぶのがいけない、必死で働かなければならない、と言いたいのではない。

遊ぶなら思いきり楽しめばよい。これは時間の有効活用だ。
逆に、働いていても真剣でなければ時間の無駄使いだ。


時間とは生命そのもの。である。


時間=金
というドライな考え方とは
一定の距離を保ちたい。


時間とは生命そのもの。
生命とはすなわち森羅万象。

 

教育ってなに?

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私が教育について考えるようになった一番大きなきっかけは、
高校の保健体育の先生との出会いだったのだと思う。

この保健体育の先生が、すごい。


ただ、パッと見た感じ、まったくわからない。
大阪のオッサン、といった雰囲気で、
まさかこのオッサンが小難しい社会学者だの心理学者だのを引き合いに出して教育問題を分かりやすく(?)説明してくれるとはとても想像できない。

意外性は間違いなく超一流だ。

しかも、あろうことか、私のことを
「よう! エロケン」
と呼ぶ。
(先生こそ間違いなくドスケベだと思うのだが)


ともかく、高校生のときには、なんとなく、
「すごい人なんやろうなあ」
と感じていたけど、うまく表現できなかった。

ただ、
「教育問題について真剣に考えていて、
 その考えた結果や試行錯誤のプロセス自体を
 生徒にフィードバックして実践している」
という姿にとても共感できたのだと思う。

一生懸命な大人って、意外に少ないから。


この夏、一緒に飲みに行く機会があった。

話した内容は難しくて再現できないが、
ピアジェとワロンを引き合いに出して、
教育問題を熱心に語っていた。

その熱は昔と変わらず、
とても刺激になった。

歳月が経過しても
その問題意識や熱が失われていないというのは
うれしいものだ。


私の関心は、
「教育内容と現実社会との乖離」
もしくは
「乖離していなくても、教える側のなかでは融合できておらず乖離した状態である」
という点にある。


教育内容が現実社会にどのように活かされているのか?
という視点なしに難解な事柄を学習せよと言われても、
なかなかできるものではない。

また、現実社会が大きく変わっているのに、
学校での教育内容にそれが反映されていないということもある。

株式投資なんかはその代表的な例だと思う。

年金制度にしても確定給付型から確定拠出型への移行が散見される。
いままで株式投資について勉強してこなかった会社員が、
忙しい時間の合間を縫って株の勉強を遅ればせながら始めるのだ。

しかし適当な教材というのが、ない。



ともかく
現実社会と乖離した(ように見える)内容をどれだけ学校教育で扱ったとしても、
それは子どもたちにリアリティを持って受け止めてもらえないということだ。

家に帰ってテレビをつければ
ロクに勉強などしなくても大金を稼ぐ若い芸能人たちがいっぱいいるのだ。
彼ら彼女らはキラキラ輝いている。

現実社会から乖離した学校教育よりも、テレビの中でキラキラと輝く同年代の芸能人の方が、彼ら彼女らにとってはずっとリアリティがあるのだ。



このままじゃ日本、ダメになりますよ、きっと。

そう思いませんか?


しかし、若い世代にも古い世代にも
憂国の志士はおります。

私はビジネスを通して
そういう人たちと出会えることを
とても楽しみにしています。

 

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